広島高等裁判所松江支部 昭和40年(う)91号 判決 1968年10月28日
主文
原判決を破棄する。
被告人細田繁基、同森田守久を各禁錮六月に、被告人山本工業株式会社を罰金一万円に各処する。
但し、被告人細田繁基、同森田守久に対しこの裁判確定の日から各二年間右刑の執行を猶予する。
原審並びに当審における訴訟費用は被告人等三名の平等負担とする。
理由
<前略>
これに対する当裁判所は次のとおりである。
弁護人の控訴趣意について。
所論は、被告人細田、同森田に対する各業務上過失致死傷の原判示事実につき、事実誤認を主張し、要するに、本件事故は不可抗力による災害であつて、その主張にかかる諸事情を総合すると被告人等両名に過失はなく、また当時何人を被告人等の地位においたとしても被告人等がなした以上の行為を期待することは不可能であり結局被告人等両名に対しては無過失或いは期待可能性がないとして無罪の言渡しがなされるべきである、というのである。
しかし本件工事は原判示のように、高さ約三七米、幅約六〇米、斜面の角度約四〇度、斜面の長さ最も長い処で約六〇米、両端で約三五米の砂山の裾を、幅約六〇米に亘り多数の人夫がスコップで掘崩し、上部からの自然崩壊を利用して砂を採取し、これをトロッコで運搬して附近の湿田の床揚げをするものであるところ、<証拠>によれば、原判示砂山大崩落の原因については、山裾の砂採取により法尻附近の切り取り面の傾斜が五〇度以上の急角度になつたことから、先ず地上約六米附近より下部の部分が第一回の崩落をきたし、その崩落砂量は少量であつたが、これが誘因となつて上部傾斜面の平衡が破れ、上部の法長約三〇米、幅約一五米に亘る第二回目の、砂量四九〇立方米余と推算される大規模な崩落に至つたものと認めることができる。
なるほど、所論のように、右崩落にそれに至るまでの気象条件等に影響された砂の状態が関係していることはむしろ当然としても、本件においては、右崩落が法尻の砂採取だけでなく、それ以外に通常の注意をもつて発見し得ない何らかの自然条件、例えば目にみえない砂山内部の断層の如きものが作用し、それが主因となつて惹起されたものというように推認すべき資料は何も存しない。
しかして、右各証拠によると、本件のような工法と規模で法尻の砂採取を行なうとすれば、現場の砂山が高さ約三七米、斜面の長さ約六〇米にも達するものであつて、法尻部分が在来の斜面より急な勾配で奥へ切り取られて行く関係上、砂の状態、勾配の状況等によつて場合により本件のような斜面上部の多量且つ急激な崩落を生ずるおそれのあることは、工事責任者として通常予測すべきものと認められ、且つこれを予防するためには砂山の上部から順次下方に砂をかき降す等の方法により常に安全な勾配を保持するようにしなければならないものと認められる。
しかも、本件工事の請負契約における発注者の設計では砂山の上方から砂をかき降して採取する工法にはなつていないことが認められるとはいえ、それでも人夫の歩掛りとして砂一立方米当りに、運搬〇、四〇人、積み降し〇、〇九人のほか砂切り取りのため〇、〇五人が計上されていることが明らかであり、本件において適宜人夫を配置し、砂山上部を切り落すことによつて安全勾配を維持しつつ法尻の砂採取を行なうことは工事予算上も十分可能であつた筈であり、また、この点に関する、原審鑑定人伊藤富雄の鑑定中、かき降し人夫四名を砂山の斜面に常置するという方法を例示する部分が机上の空論に過ぎないとする弁護人の所論は必ずしも当を得ないものと思料される。
ところで、被告人細田は相被告人山本工業株式会社の土木課長、且つ安全管理者であつて、本件工事施行の責任者、被告人森田は被告人細田の下で右会社の本件工事における現場主任として工事現場全般の直接責任を負う者であつて、それぞれ本件工事施行に伴う事故防止につき責任を有するものであるが、前記のように砂山の安全を維持しつつ作業を行なうことによつて本任の崩落事故を未然に防止し得たのは勿論、適当な場所に砂留の設備をし、或いは砂採取個所とトロッコ線、またトロッコとトロッコとの間にもできるだけ安全な間隔を保ち、万一上部から多量の砂が崩落することがあつても、人夫等が敏速に避難できるよう配慮する等原判示の注意義務を尽すことによつて本件事故は避けることができたと考え得るところ、関係証拠によれば、被告人細田は被告人森田に対し、右の点については抽象的に砂山の勾配を一割二、三分(三七度ないし三九度程度)に保ち法尻附近の切り取り面も一、二米以上の高さにしてはならない旨指示したのみで、工事の進行に即した右安全勾配を保持する具体的方策を指示したことはなく、また現場に臨んでその状況を了知しながら右のような危険防止のための必要な措置を講せず、被告人森田も記記のような工事現場の状況を知りながら同様に危険防止のための必要な措置をとらず、被告人細田に具申してその指示をうけることもなく、そうような状態で工事が進められていたことが明らかである。
そして、工事現場では被告人森田の補佐役である世話人を通じて人夫等に対し法尻とトロッコ線、或いはトロッコとトロッコとの間隔につき一応の指示がなされたものの、人夫の賃金が一部出来高制となつていたため、仕事がし易いよう右指示が守られない傾向にあり、また砂山斜面の傾斜についても、法尻部分の切り取りによつて上部の砂が自然に崩壊せず、法尻部分の勾配が不自然になつたとき等に、或いは人夫において自発的に上部の切りくずしを行なつた程度で、平素は法尻の掘さくによつてその上部を自然の山朋落にまかせ、安全勾配保持のための積極的な措置がとられていない状況で作業が進められ、結局前記のとおり、法尻の砂採取を原因として本件の大崩落を生じ、原判示沢義正ほか七名の人夫が埋没窒息死し、沢春子ほか二名が原判示のような傷害を負つたものと認められる。
されば、本件事故が不可抗力による天災であり、被告人細田、同森田が無過失であるという弁護人の所論は到底採用し難く、被告人両名は本件事故につき原判示の注意義務懈怠による過失責任の罪責を免れ得ないといわなければならない。
(なお、原判決は被告人等両名に砂崩落の危険性を認識すべき義務がある旨判示し、被告人等が右危険性を認識していなかつたように判示していると解する余地があり、そうするとその部分は後記のとおり事実誤認というべきであるが、原判決は他の注意義務違反と併せ結局被告人等に業務上過失致死傷罪の成立を認めているので、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合には該当しない)
次に、本件について期待可能性がないという弁護人の主張についてみても、この点で原審弁護人の主張に対し原判決が説示するところは、当裁判所においてすべて正当としてこれを是認することができる。
即ち、本件における発注者側の設計が砂山の裾から人力による手掘りで砂を採取する工法であること、右設計が鳥取県の作成にかかり監督官庁である農林省の承認を得たものであること、本件事故当時鳥取県においては本件と同様の工法による砂採取工事が他にも行なわれていて特に事故の発生をみていないこと、本件工事施行の過程において、管轄の鳥取労働基準監督署及び鳥取県耕地課等官公署から工事につき工法変更等の注意がなされた事実のないこと等はいずれも弁護人所論のとおりと認められるが、そうだからといつて本件において受注者が設計どおりに工事を遂行すれば人身事故の発生に対しても責任を有しないものということはできず、前記のとおり本件工事施行に伴う事故防止について責任を負うべき立場にある被告人細田、同森田の両名において、工事遂行上人夫等に人身事故の発生する危険を考え、その防止に万全の措置を講ずべき義務を有することはむしろ当然と解しなければならない。
そして、本件工法においても適宜砂山の上部を切り落し安全勾配を維持しつつ工事を進めることが設計上可能であり、従つて工事予算上も必ずしも不能といえないことは既に説明したとおりであり、その他これまでに説明した関係部分以外のその余の弁護人の所論についてももとより十分検討を加えたが、本件において被告人細田、同森田の両名に原判示の注意義務を課することが不能を強いる結果になるとはたやすく思料されず右被告人等両名に対し事故当時払つていた以上の注意義務を期待することが不可能であるとは到底認め難い。論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意について。
所論は、被告人等三名に対する各労働基準法違反の公訴事実に対し原判決が無罪の言渡をした点につき、事実誤認を主張するものである。
記録によると、右公訴事実の要旨は、「被告人山本工業株式会社は、事務所を鳥取市三軒屋一五番地に有し、土木建築等の事業を行なう者で、昭和三三年五月一〇日より岩美郡福部村細川土地改良区と同村細川地区の地盤変動対策事業の工事を請負つていたもの、被告人細田繁基は昭和三二年一一月同会社の土木課長となり同三三年五月土木関係の安全管理者となり、事業主のため労務者を使用して土木事業の業務に従事していた使用者、被告人森田守久は、昭和三四年一月一〇日頃より同会社の前記工事現場主任となり事業主のため現場において労務者を直接指揮して同工事施行に従事していた使用者であるが、被告人細田、同森田は右会社の業務に関し、(一)前記細川地内の工事における多数労務者の作業は砂山附近の水田の床揚げをするため砂山から砂を採掘してトロッコで運搬するものであるが、砂採取現場は安息角三〇度の砂丘土の極めて崩壊し易い高さ三七米位の砂山を幅六〇米位に亘り砂山の裾をスコップで掘崩しながらトロッコに積込む作業であるため、上部から砂が崩落する虞れがあり、極めて危険な作業であるので危険防止の措置を講ずべきであつたにも拘らず、被告人細田は昭和三三年九月中旬から同三四年二月四日まで、被告人森田は昭和三四年一月一〇日頃から同年二月四日まで、それぞれ砂質の検査、表土或いは上部の切り落し、砂留の設備、安全勾配の保持、砂採掘個所とトロッコ線との間の適当な間隔を保持する等必要な措置を講ぜず、(二)右砂採取現場が前記の如く土砂の崩落する虞れのある場所であり、かか場所における砂採取の業務には女子労務者を就業させてはならないにも拘らず、右現場において別表女子労務者就労表記載のように赤山ふき枝ほか二八名の女子労務者を同表記載の期間前記作業に就労させた」というのでありこれに対し原判決が、被告人細田、同森田に関する右各労務基準法違反の点はいずれも故意犯であるあることを要するところ、同被告人等は本件作業現場がそれぞれの構成要件を定めた労働安全衛生規則第一一六条第一号、第一一七条、女子年少者労働基準規則第九条、第八条第二三号にいわゆる、「崩壊の危険がある地盤」、「土石の崩壊または落下の危険がある掘さく個所」或いは「土砂の崩壊するおそれのある場所」であることを認識していたかどうかは疑わしく、この点につき犯罪の証明がないとし、ひいて法人の両罰規定によつて起訴されている被告人山本工業株式会社の罪責も問い得ないことになるとして、結局被告人等三名に対し無罪の言渡しをしたことは所論のとおりである。
(イ)そこで検討するに、原判決もいうように、本件公訴事実中、本件砂採取現場の工事方法並びに右作業現場に女子労務者を就労させたことは、いずれも被告人等において争わず、且つ証拠上も証明十分であるところ、既に説明したとおり、関係証拠によると、本件砂採取現場の作業内容は高さ約三七米、幅約六〇米、斜面の角度約四〇度、斜面の長さ最も長い処で約六〇米、両端で約三五米の砂山の裾を、人夫三〇数名をして幅約六〇米に亘リスコップで掘崩し、上部からの自然崩壊を利用して砂を採取し、これをトロッコに積込むものであり、砂の採取予定量も一〇ケ月半の工期間に三万二千立方米余に及ぶものであつて、右のような砂山の法尻を本件のような工法と規模で掘さくし続ければ、人為的に安全勾配保持の措置をとらない限り、場合によつて斜面上部の砂の大量且つ急激な崩落を生じ、法尻附近で作業をしている人夫等が崩落する砂に埋没する等事故発生の危険性があることは事前に十分予測せられ、現に、昭和三四年二月四日の前記大崩落では死者八名、負傷者三名の埋没事故が発生しており、それまでには右安全勾配保持のための人為的な措置がとられていない状態で工事が進められていたと認められるのであるから、本件砂採取現場は労働安全衛生規則第一一六条第一号の「崩壊の危険がある地盤の下」、同規則第一一七条の土石の「崩壊又は落下の危険がある掘さく個所」及び女子年少者労働基準規則第八条第二三号の「土砂が崩壊するおそれのある場所」にそれぞれ該当するというべきでるあ。
(ロ)ところで、被告人細田、同森田に対する本件各労働基準法違反の点は、原説示のとおり、いずれも故意犯であることを要し、同被告人等において、本件砂採取現場が右労働安全衛生規則第一一六条第一号、第一一七条、女子年少者労働基準規則にいう「崩壊の危険がある地盤の下」、「土石の崩壊又は落下の危険がある掘さく個所」、「土砂が崩壊するおそれのある場所」にそれぞれ該当することの認識があつたことを必要とすると解するのが相当である。
しかし、本件の場合それは結局作業現場の砂山崩落の危険性の認識をいうに帰するので、以下同被告人等に右認識があつたかどうかについて審究するに、<証拠>によると本件の工事では原判示の大崩落による事故の以前にも、昭和三三年六月五日頃人夫坂本春江が砂崩落の際逃げ遅れて崩落する砂に胸のあたりまで埋まり、トロッコに押しつけられて加療約六ケ月を要した第五腰椎骨折の傷害を負つたことがあり、被告人細田はその事故報告をうけて右事実を知つていたこと、本件砂採取現場では従来法尻附近においたトロッコ線のレールが埋まる程度の砂の壊落はしばしば起きており、人夫達はそのようなときトロッコとトロッコとの間をトロッコ線を越えて安全な場所に避難していたが時として逃げ遅れ、足や膝のあたりまで砂に埋まるようなことがあつたこと、被告人細田は新たに現場主任になつた被告人森田に対し、砂山の勾配を一割二、三分(三七度ないし三九度程度)に保ち、法尻の切り取り面も一、二米までの高さとし、法尻とトロッコ線との間隔は二米半位にすること等の諸注意を与えたこと、本件現場の作業小屋には、法尻とトロッコ線との間隔をあけること、トロッコとトロシコとの間隔をあけること等の注意事項が紙に書いて貼つてあつたこと等の各事実を認めることができる。
しかして、被告人細田が司法警察員及び検察官の取調べに対し、右坂本春江負傷の事実につき、それは本件現場での作業が危険であるというより、同女が作業に慣れていなかつたため発生した事故というように考えた旨供述していることは原説示のとおりであるが、前記のとおり、現場では作業中人夫が特に避難しなければならない程度の砂の崩落は何回も生じており、右坂本春江の受傷がこのような砂の崩落によつて起きている以上、その報告をうけた被告人細田が砂崩落による事故発生の危険性を認識したとみるべきはむしろ当然としなければならず、右作業の注意事項の掲示についてみても、これはその内容よりみて、砂崩落の際法尻で作業中の人夫がトロッコとトロッコとの間を敏速に避難し得るよう、人夫が砂とトロッコとの間にはさまれて埋没する等の事故に備えたものといわざるを得ず、被告人細田、同森田がその危険性を認識していたことの証左と解して妨げなく、これを原説示のように土木工事一般の抽象的危険を考慮したものに過ぎない旨評価するのは相当でない。
また、本件砂山では過去何回か本件と同様の工法による砂の採取が行なわれ、それまで原判示のような事故の発生したことがないこと、本件工事の設計者や被告人細田、同森田を含む工事関係者等において本件のような工法による砂採取が特に危険な作業であるとは考えていなかつた旨供述していることは、いずれも原説示のとおり認められるが、右供述が原判述が原判示の如き大量の死傷者を伴う事故発生の危険をいう趣旨であればともかく、それに至らない程度の砂崩落による人身事故すらその危険性はないことの意味をも含むとすれば、その信憑性は到底疑問なきを得ない。
却つて、前記のように、本件砂採取現場では法尻附近のトロッコ線が埋まる程度の砂の崩落はたびたび起つており、そのような場合、人夫等はトロッコ線を越えて安全な方に避難していたこと、しかもこのような砂の崩落により現実に人夫の負傷事故が発生したことがあること、砂崩落の際の避難に備え、人夫等に対して、トロッコ線の位置やトロッコとトロッコとの間隔等につき指示注意がなされていること、被告人細田、同森田等も砂山の勾配や法尻の切り取り面の高さ等について一応の配慮をしていること等のほか<証拠>によれば、本件の現場において本件のような工法と規模で砂の採取を続けるとき、場合によつて斜面上部の砂の多量且つ急激な崩落を生じ、法尻附近の人夫等が埋没する等の危難が発生する虜れのあることは当然考えられるところと認められ、右鑑定では右のような危険を予知できないものはたとえ小規模な工事現場においてもその責任者たる資格はないと信ずる、とされていること等を併せ考えると、被告人細田、同森田の両名も、原判示の如き大量の死傷者を伴なう事故発生の危険性の認識まではなかつたにせよ、砂の崩落による人夫の人身事故発生の危険性は一応これを認識していたと認めるのが相当であり、且つ、本件各労働基準法違反の罪につき、故意の内容となるべき前記砂山崩落の危険性の認識としては右の程度をもつて足ると解せられる。
されば、この点に関する原判決の認定は、証拠の証明力に対する判断を誤つて事実を誤認したものというべきところ、被告人細田、同森田の両名が本件作業現場において、労働安全衛生規則第一一六条第一号に定める安全勾配保持等の必要な措置を講じなかつたこと、同規則第一一七条に定める砂採取個所とトロッコ線との間に砂の崩落に備えた安全な間隔を保つことをしなかつたこと、及び女子年少者労働基準規則第八条第二三号、第九条に抵触する女子労務者を就労させたことは、前に一部説明したとおり、後に掲記する関係証拠を総合することによつて優にこれを肯認することができる。
そして、原審弁護人等の原審公判における主張並びに当審弁護人等の答弁書による主張中には、本件各労働基準法違反の点についても期待可能性がないことの主張を含むと解する余地があるが、この点については、前に被告人細田、同森田に対する業務上過失致死傷罪の関係でなされた同旨の主張に対して示した判断と同一の理由によつて、同被告人等に右労働安全衛生規則並びに女子年少者労働基準規則の遵守を期待することが不能であるとは認め難いので、右弁護人等の主張は採用することができない。
なお、右労働安全衛生規則第一一六条第一号違反の点につき附言するに、本件は同条第二号にいう、同条第一号に定める必要な措置をとり難い場合、に該当しないと解されるうえ、被告人山本工業株式会社が本件の工事現場に配置していた井上喜九郎、井上文夫の両名は、現場主任である被告人森田の補佐役としての仕事がその任務であつたこと関係証拠上明らかであつて、砂山の崩落に備えた専任の看視人であつたとは速断できず、同人等が同条第二号にいう看視人であると解するにもなお不十分であり、いずれにしても本件が同条第一号の違反に問擬されることは避けられない。
以上の次第で、被告人細田、同森田ひいて被告人山本工業株式会社も本件各労働基準法違反の点につき、それぞれ所定の刑責を免れ得ないものというべく、検察官の論旨は理由がある。
従つて、原判決の前記事実誤認が被告人等三名に対する無罪部分に影頃を及ぼすことは明らかであるところ、被告人細田、同森田の右各労働基準法違反の点は同被告人等の前記業務上過失致死傷罪と併合罪の関係にあるので、原判決は結局被告人等三名に対する関係でその全部が破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八二条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に基づき当裁判所で更に判決する。
(罪となるべき事実及び証拠の標目)
罪となるべき事実及び証拠の標目は次に当審で新たに認定した分を掲記するほか原判決記載のとおりであるからここにこれを引用する。
(当裁判所で認定した罪となるべき事実)
被告人山本工業株式会社は事務所を鳥取市三軒屋一五番地に有し、土木建築等の事業を行なう者で、昭和三三年五月一〇日頃より鳥取県岩美郡福部村細川土地改良区より同村細川地区の地盤変動対策事業の工事を請負つていたもの、被告人細田繁基は昭和三二年一一月同会社の土木課長となり、昭和三三年五月土木関係の安全管理者となり、事業主のため労働者を使用して土木事業の業務に従事していたもの、被告人森田守久は昭和三四年一月一〇日頃より同会社の前記工事現場主任となり、事業主のため現場において労働者を直接指揮して工事施行に従事していたものであるが、被告人細田、同森田は右会社の業務に関し、
(一) 前記細川地区の工事において多数労務者の作業は砂山附近の水田の床揚げをするため砂山から砂を採掘してトロッコで運搬するものであるところ右砂採取現場の砂山は安息角約四〇度の砂丘土からなり、作業内容が崩壊し易い高さ三七米位の右砂山の裾を幅約六〇米位に亘りスコップで掘崩しながらトロッコに積込むものであつて、作業中上部から砂の崩落するおそれがあり、極めて危険な作業であるので、危険防止の措置を講すべきであつたにも拘らず、被告人細田は昭和三三年九月中旬頃から、被告人森田は昭和三四年一月一〇日頃からいずれも同年二月四日まで、それぞれ、表土或いは上部の切り落し、砂留の設備、安全勾配の保持等必要な措置を講ぜず、また砂採取現場のトロッコ線の位置を法尻より二米以上或いは二米半程離すよう一般的な指示をしたものの、作業遂行の過程で現実には、それが更に狭ばまつた状態になるのを黙認し、もつて砂採取個所とトロッコ線との間に安全な間隔を置かず、
(二) 右砂採取現場が前記の如く砂の崩壊するおそれのある場所であり、かかる場所における砂採取業務には女子労務者を就業させてはならないにも拘らず、右現場において別紙女子労務者就労表の如く赤山ふき枝ほか二八名の女子労務者を同表記載の期間右作業に就労させた、ものである。(福地寿三 干場義秋 田中貞和)